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leaf's blog

記録しておきたい文章を綴ります。

立川談春 新春独演会

立川談春さんの落語を聴きに品川へ。
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ちはるさん(小噺)とこはるさん(雛鍔)という弟子が前座を務める。
亡き談志師匠が、こはるさんを「女だったのか!」と驚かれた数年後、そのことをすっかり忘れて「ぼーや!」と呼んでいたエピソード。この話をこのあとに出てきた談春さんが「こうすればもっとウケるのに」といじる。人に話をうまく伝える方法は永遠の課題。
 
談春さんのマクラは、立川流一門の新年会で、亡き談志師匠のおかみさんがご挨拶をした話。これも本人の意図を違えて、お弟子さんを励ますつもりが、一同暗ーくなってしまったとか。
 
厩火事
孔子さまや、さる殿さまの例え話が出てまいります。
 
「居残り」とか、「佐平次」という基礎知識を伝授した上で、本編を披露。
伝統芸能を承継する者の宿命か。
大河ドラマでの春風亭昇太さんのような顔」とかキムタクのドラマでのセリフを取り上げたり、当日のお客様へのサービス精神はピカイチ。
 
談志師匠の「居残り佐平次」をWOWOWで録ったので予習しようかと思いましたが、やはり「次はどうなる?」とワクワクしながら見たいと思い、あえて録画を消してしまいました。
やはり「居残り」から佐平次の「居座り」「居直り」ぶりが面白かった。
 
談春さん、日本一チケットが取りにくい落語家として有名ですが、固定ファンを大切にする売り方をしているようです。一般発売の前に、事務所からメールで登録した方に事前販売の案内が来ます。
幼馴染の妹さんがずっと行きたかったそうで、そんなからくりをお教えしました。
ドラマ出演も増えた談春さん。でも、今回の独演会も約3時間たっぷりと。伺えて幸せ。

 

 

サラバ!

 作者を初めて知ったのは、Eテレのスイッチインタビューで、椎名林檎と対談していたのを観たとき。その後、直木賞を本作で受賞し、再放送が2度もあったのですが。

 

その風貌も、関西弁をエネルギッシュに話す姿も、ワクワク感全開で、アマゾンにポチっと。

 

主人公の成長譚。その家族を交えて、地球的スケールで。

でもエピソード一つ一つは、世界中の家族が抱える問題と変わりなく、人はこんなにも変わることができる。

 

アイザックがイサクの英語読みだということ、ニーナ・シモンの歌声、いろいろなことを教えてくれた。

 

心が細りそうになるとき、これを読んで「サラバ!」と叫んでみることにしよう!

サラバ! 上

サラバ! 上

 
サラバ! 下

サラバ! 下

 

 

キャプテンサンダーボルト

年末年始に購入した本をもう読んでしまった!

 

さまざまな事情が交錯して、「にっちもサッチモ」状態からいかに脱出するかというストーリー。

登場するエピソードの元ネタを考えるにつき、時事ネタ満載なので、「イキのよい」うちに読み終えられてよかったかも。

二人とも小さなお子さんのパパなのでしょう。予防接種の描写など、切迫していました。

500ページ以上もあるのですが、RPGゲームを進めている気分で、伊坂ワールドに入り込めます。

阿部和重さんとの共作ですが、シームレス。

キャプテンサンダーボルト

キャプテンサンダーボルト

 

 

立川談春さん30周年記念落語会

立川談春さんの30周年記念落語会を観に、KAAT神奈川芸術劇場へ。

2008年に銀座で独演会を観て、談志師匠の下、修業時代の記録「赤めだか」を読んでますます好きになり、横浜にぎわい座で一度独演会を観ることができ、今回で3度目。

ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」や壇蜜も出ていたテレビ「闇夜でコソコソ」の話もたくさんしていただけた。

何より今回「文七元結」をかけるので、今月初旬、歌舞伎の当たり役の一つにしていた中村勘三郎さんのお墓参りをしたところ、「よくきた、よくきた」「しっかりね、しっかりね」と一人しかいないはずなのに、墓前で会話をしていて…と再現してくれる口調が、勘三郎さんそっくりで。。。涙。

「赤めだか」は、談志師匠が亡くなったので、ドラマ化にOKをTBSに出したのだそうですが、来年度中ということしかわからず、配役もまるでわからないそうで。

前座もなく、たった一人で休憩を15分挟んだものの3時間釘づけにする技量。サイン入りの「Rolling Stone」談春さん特集号をお土産に。

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母の観た火の玉

母と昼食後、話をしていると、「若い頃、火の玉を観た」と言いだした。

 

看護師として勤務していた夜勤明け、何気なく寮の部屋の窓から病院を観ていると、何やら慌ただしい気配。患者が亡くなったのかもしれない。

と思っていると、ヨーヨーのような火の玉が、病院の上空をいくつも舞い上がり、それはそれは美しい花火のような光景だったそうだ。

それは途中で消えることなく、天空に吸いこまれていった。

病院側では、それに気づく人もいなかったそうで、母にだけ見届けられた。

患者が亡くなるときに毎回見えるわけでもないそうだが、他の看護師と話すと「私も火の玉を観たことがある」ということも。

 

母の言葉は、これからも折に触れ、書き留めていきたい。

舞鶴 引揚船と母

終戦から69年目を迎えようとしている。

舞鶴国立病院で看護師をしていた母(昭和6年生まれ)から、中国、シベリアからの帰還事業の頃(昭和20年代半ば)の話を聴いた。

 

舞鶴港に引揚船「高砂丸」「興安丸」が次々と着く。シベリア・中国から帰国してきた旧日本兵が中心。

(ネットで調べると、1953年前後か?)

上陸時、歩行困難な人を、看護師が4人がかりで担架に乗せて運ぶ。

車もないのに、どうやって患者を病院のベッドまで運べたのか、今では不思議だそうだ。

 

病院では、診断後、受診科ごとに病棟に振り分けられ、結核病棟、らい病棟、淋病病棟は、看護師も「り患」する危険が高く、希望者はいなかった。

そのうえ、淋病患者は、「現地で遊んできたのだから」と、同情されなかった。

ましなのは、外科病棟。ケガ人のガーゼ交換がメイン。オキシフル(消毒薬)もなく、乾いた数少ないガーゼで交換するしかない。その上、数日後麻酔なしで交換。「かさぶた」がはがれ、叫び声を上げる患者。

手術室では、シベリアの寒さの中で患った痔の手術が連日続く。腰椎麻酔を打ったが、時間がくれば「次の人にベッドを空けて」と、患者のお尻を叩いたりつねったりして麻酔の効き目を「強制終了」させる母。

現地で負った傷はホチキスのような金具で緊急縫合手術がなされ、帰国後皮膚を縫い合わせた金属製の針を抜き、新たに縫い合わせる手術も多かったそうだ。この場合は、麻酔なし。

比較的軽度かつ旧上等兵に看護助手として手伝ってもらい、病棟の夜間の身守りを担当してもらった際には、夜食のおにぎりを一緒に食べたこともあった。

帰還事業が進み、各地で事務作業をしていた「軍属」が最後に帰還し、引揚船は4年間程度でその役目を終えた。

 

応急処置を済ませ、地方に帰還する兵士を送り届け、地元の役所から認め印をもらうのも国立病院の看護師の役目。送り届けた帰還兵と結ばれ、北海道の大地で新たなスタートをきった同僚看護師もいたとか。

 

岸壁の母」のモデルとなった母親を、実際何回か舞鶴港の岸壁で見かけた。

シベリア抑留兵は、現地でバラバラに活動させられ、「息子を知りませんか」と引き上げ船から降りてくる帰還兵に呼びかけても、そっけなく「知らない」という返事ばかり。結局、「岸壁の母」は、舞鶴のうどん屋を手伝いながら、ずっと息子の帰りを待ち続けていたそうだ。

 

帰還兵事業に貢献したことが評価されたのか、GHQから、「ララ物資」が看護師たちにはとりわけ多く配給された。

しかし、山積みのアメリカからの古着はサイズが大きく、ブラジャーもパンツも3枚履いて丁度だった。靴も、24cmサイズの次は27cmサイズなどと超ビッグ。なかなか妙齢の女性に合うものはない。紐のないブラジャーのつけ方がわからず、時間が経ったら、前後が逆になっていたこともあった。

 

戦後、国立看護学校に入学した者は、半数が辞めていった。全寮制で、地方から入学したものの、方言が抜けずにいじめを受けた者もいた。根性がある者だけが残った。試験前は、ヒロポンの服用薬を使用して、眠気を覚まし、三晩徹夜も当り前。2年制で、卒業後2年間のお礼奉公。その時期に帰還事業があったらしい。

 

その後、母は、海上自衛隊舞鶴地区病院で父と知り合い、姉と私を産んだあと、父の横須賀転勤に伴い、横須賀で老後まで過ごすことになります。

初夏の信州 旅のまとめ

2014/7/3

恵美ちゃんに「遊びに行きたい」とfacebookでメッセージ。

7/6

恵美ちゃんから、「20日と21日、我が家に泊まりませんか?」とのお返事。

ありがたくお申し出を受けることに。忍ちゃんも現地で合流予定。

7/11

新幹線の指定券をネットで予約。三連休なので、指定はほぼ満席。

えきねっと

2週間前の予約だと、割引がある。行きだけ、10%割引の指定席が取れた。

20日(日)、9時42分長野着 

21日(月)、15時14分長野発 

7/17

上大岡京急百貨店のムーミン展で、二人へのお土産を入手。

7/19

JR戸塚駅みどりの窓口で、切符を受け取る。クレジットカードを普段使わないので、カードの裏のサインを書くように薦められる。戸塚からの切符も入手したが、Suicaで新幹線改札の乗り換えもスムーズになった模様。

7/20

行きの新幹線は、軽井沢までの社員旅行のグループがうるさい。朝からビール飲むなって。長野駅の改札に、恵美ちゃんが迎えに来てくれる。駐車場で恵美ちゃんの車に乗り込む。

道の駅「オアシスおぶせ」へ。イベントの行列をかきわけ、売り場へ。
農産物直売所は、大半が売り切れ。それでもプルーンやネクタリンを購入。

小布施の竹風堂に車を止め、栗おこわ御前と栗あんみつを注文。一つずつ取ってシェアすることに。栗あんみつが先にきてしまい、希望をきちんと伝えるべきでした。

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小布施堂の工場を通り抜けたり、キウイミントのかき氷をいただいたり。

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北斎館に寄ったつもりでショップを眺め、開館30周年に作られた「おもしろ北斎」というかわら版のようなものを自分へのお土産に。北斎の一生や代表作、同時代の人々が描かれ、エッセンスを学ぶ。

湯田中温泉渋温泉を通り抜け、地獄谷野猿公苑へ。

ショッピングセンターで忍ちゃんと合流。食材を買いこむ。

大室温泉「まきばの湯」へ。露天風呂もあり、人気の立ち寄り湯。込んでいたが、疲れがひとっ飛び。

恵美ちゃんの住まいへ。ビール、地元の五一ワイン、サングリアを飲みながら話は尽きない。

 

7/21

朝食 おやきととうがんのスープがおいしかった!

黒姫高原へ。

黒姫童話館でピアノコンサート「森の情景」。ドビュッシーショパンの有名な曲が取り上げられる。

そば処 うえだのテラス席で、戸隠そばをいただく。

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季節の天ぷら(朝どりの山菜)と。

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野尻湖へ。ソフトクリームを湖畔でいただく。おいしいがすぐ溶けてしまう。

道路が広くて、気持ちいい。長野オリンピックの頃から、外国のような道路が整備されている。

善光寺裏を車で通り抜け、長野駅へ。

お土産を買い求め、新幹線へ。帰りの電車では、窓側の男性が、窓からずっとビデオを回し、車窓の景色を収めていた。トンネルも多いのに。

雨にもまったく降られず、帰宅。

あっという間の夢のような二日間でした。